三等辺三角形

事実を洗うための作り話。

大人が人を許すこと

「わかったよ。訂正する」

少しため息をついて彼は続ける。"全部白状するスイッチ"が入ったようだ。

「結局のところきみの思う通り、おれは誰も許していない。歳相応に求められる社会からの要望とか、そういうものに合わせて"すべてを許す儀礼を終えた大人の男"を演じてるだけだ」

「うんうん、いいよ続けて」

彼は話したいのだ。まあ聞いてやってもいいという程度に和牛のもつで腹が膨れた私は、合いの手を入れる。

「はじめに勤めた糞ブラックの面白鼻メガネもそう。別れの際にかけてやった呪いも、たまに悔んでるフリはするけど今でも大事な娘ごと死ねと思ってる」

「そうだね。その人の話は知ってるけど死ねばいいとは思う。他にもいるよね」

「いる。次の職場の高卒インテリ正方形もそう。あいつは幾分賢かった。一年近く陰湿な嫌がらせしてきた分際で途中から聞こえのいいこと言うようになって、去り際に笑顔で握手までしていったよ。でもやっぱり何度振り返っても死んだらいいし、自分が買った恨みでバブい息子が大怪我とかすればいい」

「いいぞ、その調子だ」

「あとは何だろ、父親もだな」

 

私は一瞬ぎょっとする。彼の口から聞く父親の話は仲の良い家族間ならではの、半分じゃれるようなジョーク混じりの侮蔑だったからだ。

「おれを殺そうとしたね、初めて反抗した時。」

 

殺そうとする。彼の表現はたまに突飛で事実とは交わらない節がある。黙って目を見て続きを促す。

「宗教絡みだからあんまり話したくないけど。24ぐらいの時に一回だけ反抗したんだよ。そしたら、『生意気だ』って大声あげて胸ぐら掴まれて。あれは人間じゃない何かの道具が壊れて変な動きをした時に、メーカーにどうクレームつけてやろうって顔だったよ」

「意外。優しい人だと思ってた」

彼は応えず、空になった煙草の箱を指でゆっくり押し潰して、ポケットから別の新しい箱を取り出す。

 

「優しい人は優しくしたい相手にだけ優しい。人が持つ優しさは、やはり有限だと思う。優しくしたい相手に優しくできない時、誰しもに優しくできなくなる。体調次第だね」

 

どうしてそこまで知っていて、体調の悪かった人を許せないんだろうね。

子どもだからだよ。大人になる動機が無かった。許さなきゃいけないなら、そんなものになりたくなかった。

ずいぶん沢山の煙草を吸う子どもだね。不良だね。

いい子の役は充分やったから、残りの人生は不良を満喫するよ。税金もたっぷり払うし多少子どもっぽくても免罪符になるんじゃないの。

子どもだから、例えばこの後セックスはしない?

しないね。いい頃に親の寝てる家に帰って26時には一人でシャワーを浴びて、まだ起きてる不良仲間から3いいねぐらい付けてもらえるツイートして寝る。きみだって、おれがそういうおれであることを確認してからでないと一緒にご飯食べないでしょう。

大体その通りだけどその言い方は無いね。一応私毎回けっこうちゃんとした下着ですよ。上下合ってるやつ。

明かさなくていい。いいけど今日イチ面白いからこの600円は多めに出すわ。まあアダルトチルドレン同士これからも仲良くしよう。

 

感情を吐き出し過ぎたのか、会計を済ませてからアパートに送ってもらうまで彼の目はすこし虚ろだった。

残念ながらあなたは大人だよ。とてもとても退屈に育った、平凡な大人。