三等辺三角形

事実を洗うための作り話。

支払う額を最小限にするためだけに

「私は自分の女性性を使わないと生きていけないことを酷く憂うし、多くの男性が男性性を使っても使わなくても大差なく生きられることを妬ましく思うよ」

彼女はいつになく詩的な、知性的な物言いをする。言わんとする内容については彼女の性格を大方知る今では意外でもなんでもないけど、女性としての魅力を維持することが仕事の大部分を占めるような日々を送る彼女の口からそんな言葉が出て、僕の表情筋はすこし戸惑う。

「女の子割とそれ言うけど、きみあんな仕事しといてそんななの。実際お化粧もお洒落も嫌いなわけじゃないでしょ」

彼女は、やれやれといった顔で笑う。

「ぶっちゃけ何やっても女でいなきゃいけないじゃん。私はまあまあそれなりの顔と体を持って生まれてきた。だからもっと逃げられない。何かに一生懸命になってもそれの他に女でいるために"5"くらいの力取られ続けるなら、いっそ初めから"10"使ってしまってきちんと生活できる方がいい。いろんなバランスを考えるとこっちの方が向いてるってだけ。好きなんじゃなくて向いてるだけ。男なのに男を捨てて自由にしてるあなたには分からんでしょ。そんなに分かってほしくもないけど」

まくし立てるように「分かってほしくない」と言う人には共通点がある。下手に慰めたり、それ以上掘り下げたりすると怒る。傾向が分かっていても回避策が浮かばず、投げやりに応える。

 

「自由は自由だね。男に生まれたからって、性としての男らしさなんてものはやってもやらなくてもいいゲーム。僕も一時はハマって、持って生まれた素材悪さの割には楽しんだと思うけど。今はどうでもいい。コスパ悪いし、向いてるゲームが他にあるし。それにGUはすごく良いお店だよ」

「出た、コスパ

「きみだってコスパじゃない。"女性性"にコストを支払わない選択肢がない中での、コスパ最強ルート。実際僕が男でいることについては見返りも悪いし、そもそもその先に期待される快楽を受け取る機関も衰えた。だからきみの仰る通りほとんど全部やめちゃって、力の丸々"10"を他に割り振ってる。めっちゃラク。人生始まったと言っていい。羨ましいだろ」

「なんかもうほんっと嫌い」

「そう、きみに好かれるコストもまったく払ってないからね。しょうがないね」

彼女は失礼だなあと笑って、それから全く別の、傍目に少しおかしくなった共通の知人の話をする。夜の深まりとともに言葉の密度が小さくなって、そろそろ帰りの支度をするのかなという頃になって彼女は急に真面目な表情になる。

 

「むかつくから今日全部おごってよ」

「マジで。もうきみの方が稼いでるの知ってるんですけど」

「でも私の方が払ってるってことも今日知ったね。デザート選ぶから」

そう言いながら不機嫌そうにメニューを開くふりをして、僕の目を見た。彼女の口は動かなかったが、「しょうがないのにね」と言うような顔をした。